相続税専門税理士の富山です。
今回は、借地権の評価について「特別の事情」があるのか、そして相続開始から約2年後の売却価額を相続時の時価として採用できるのかが争われた裁決事例について、お話します。
出典:TAINS(F0-3-789)(一部抜粋加工)
令03-05-11裁決
コンテンツ
相続後に安く売れたら相続税評価額も下がる?
相続税は原則として、相続開始時点の「時価」(客観的な交換価値)で財産を評価します。
しかし現実には、不動産や借地権の「客観的な交換価値」は、見方や資料の取り方でブレやすい性質があります。
そこで実務では、財産評価基本通達による全国一律の評価方法を原則として用い、納税者間の公平や、課税実務の迅速性を確保する、という整理が前提になります。
この裁決の骨格も同じで、通達評価は一般的に合理性がある以上、通達で評価すべきでない「特別の事情」がない限り、通達評価が時価を上回るとは言いにくい、という考え方が示されています。
「後で売ったら安かった」という一点だけで、相続開始時点の評価(=通達評価)を簡単に下げられる訳ではない、というスタンスです。
本件では、相続後に借地権付建物を売却し、その売却価額の方が通達評価額より低いとして更正の請求が行われました。
ただ、結論としては、売却価額は相続時の時価とは認められず、通達評価を覆す「特別の事情」も否定されました。
「特別の事情」として主張された3つの材料と退けられた理由
この事例では、納税者側が「通達評価では減価要因が反映されない」として、いくつかの事情を挙げました。
ポイントは、その事情が「通達の評価設計の中で既に織り込み済みか」、あるいは「相続開始時点の事情として前提にできるのか」です。
路地状敷地・建築制限・容積率が消化できない、という主張
納税者側は、路地状敷地ゆえに建築できる建物が限られ、容積率を十分使えないことが大きな減価要因だ、と主張しました。
これに対して裁決は、土地の形状による不利は、通達上の画地調整(不整形地補正など)で調整され得ることを重視しています。
さらに本件では、容積率が異なる複数地域にまたがる宅地である点についても、通達に調整規定がある(評価通達20-5)として、通達評価額に反映されていると整理されました。
建替え時の建築承諾料、地代増額要請がある、という主張
納税者側は、建替えが必要で承諾料がかかる、地代増額の要請があり得る、といった事情が借地権の流動性を下げる、と主張しました。
しかし裁決は、借地権割合(評価通達27)が、そもそも売買実例価額や地代等を踏まえて地域ごとに定められる仕組みである以上、その種の事情は通達評価の中で考慮されている、と整理しています。
収益還元法で査定した価格(売却価額)が客観的交換価値、という主張
納税者側は、近隣に取引事例がないので収益還元法が適切であり、そこから導かれた売却価額が交換価値だ、と主張しました。
しかし本件では、査定額の具体的根拠が明らかでないこと、さらに売却価額が「査定額に任意の上乗せ」をした金額であることが重視されました。
加えて、売買契約が相続開始から約2年後である点も踏まえ、売却価額から相続時点の客観的交換価値を逆算することはできない、という判断につながっています。
更正の請求で「通達評価を外す」ハードルの見取り図
この裁決から相続手続きの当事者(ご家族)に押さえていただきたいポイントをお伝えします。
第一に、相続税は「相続開始時点」の評価です。
相続後に売却した価格は、相続時点の事情とは別の要素(交渉、売主の急ぎ具合、買主の事情、市況、媒介戦略など)で動きます。
したがって、売却価額が低いことそれ自体は、通達評価を外す決定打になりにくい、という前提に立つ必要があります。
第二に、通達評価を外すには「特別の事情」が必要です。
ここでいう「特別の事情」は、単に「個別性がある」というレベルでは足りず、通達評価では相続時点の時価を適切に算定できない、と言えるほどのズレが求められると言えます。
そして第三に、主張したい減価要因がある場合でも、通達の中に調整規定があるなら「それで既に織り込み済み」と評価される可能性があります。
本件でいえば、不整形地補正や、容積率が異なる地域にまたがる宅地の調整などが、その典型です。
最後に、更正の請求を検討する局面では、「相続開始時点で、その事情が客観的に存在し、価格形成にどの程度影響するのか」を、証拠とロジックで固めることが重要になります。
現実の売却価額は、譲渡時における譲渡当事者間の諸事情を反映して決せられるため、そもそも何らの事情補正等を行うことなく、直ちに客観的交換価値を表しているとみることはできない
この一文が示すとおり、「売れた値段=時価」と短絡しない姿勢が、裁決の根っこにあります。
想う相続税理士
評価の見立てを誤ると、申告・更正請求のコストだけが増え、結果が伴わないこともありますので、早い段階で専門家に論点整理を依頼するのが安全です。
