相続税専門税理士の富山です。
今回は、遺言で「全財産を特定の相続人に相続させる」と指定された場合の債務の取扱いについて争われた判決事例について、お話します。
出典:TAINS(Z999-6056)(一部抜粋加工)
平成21年3月24日判決
想う相続税理士秘書
「全財産を相続させる」遺言と債務の取扱い
本件は、被相続人が「自分の財産は全部、特定の相続人に相続させる」と遺言した事案です。
他の相続人(遺留分権利者)が遺留分を主張するにあたり、「被相続人の負っていた借入金などの債務の自分の法定相続分相当額を、遺留分の額に加算すべきだ」と争いました。
最高裁は、遺言で遺産の全部を特定の相続人に「相続させる」旨が指定された場合、特段の事情がなければ、その相続人が相続債務も含めて承継するという相続人間の関係(対内関係)を認めました。
その上で、遺留分侵害額の算定では、遺留分権利者の「法定相続分に応じた債務額」を遺留分に加算することは許されない、と明確に述べています。
4 したがって、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。
ここで大切なのは、「債権者(銀行など)に対しては(対外関係では)、各相続人が法定相続分に従って請求される余地がある」という別の側面がある点です。
しかし、その対外関係で遺留分権利者が債権者から支払いを求められて実際に支払ったとしても、その支払額を遺留分額にプラスすることはできません。
この場合は、債務をすべて承継した相続人に対して「求償」するにとどまる、と整理されています。
5 遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められこれに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
なぜ「加算NG」なのか?遺留分計算の考え方
遺留分侵害額は、「遺留分算定の基礎財産(積極財産+みなし相続財産等-債務全額)」に遺留分割合を掛けて求めた「遺留分の額」から、遺留分権利者が実際に相続で受け取った財産を引き、さらに「遺留分権利者が負担すべき相続債務”があればそれを足して」算定します。
しかし本件では、対内関係として債務の承継者は「全部相続させる」と指定された相続人一人に収れんしています。
つまり、遺留分権利者が対内関係で負担すべき相続債務は「ない」ということです。
したがって、遺留分額への加算項目が存在しない、という整理になります。
混乱しがちなのは、
- 債権者に対する責任(対外関係)では、法定相続分で請求され得る
- 相続人同士の間(対内関係)では、遺言指定に従い「全部承継者」が債務を引き受ける
本判決は、遺留分計算はあくまで相続人間で最終的に戻すべき遺産額を算出する枠組みだと位置づけ、②の対内関係を基準に「債務の加算なし」と結論付けています。
遺留分に上乗せか?求償か?
まず、「債権者から請求が来た→払った→その分を遺留分へ上乗せできる」は誤りです。
払った場合は、債務を承継した相続人へ「求償」する、この経路をとります。
遺留分の算定式に足し込むのではありません。
次に、遺言で「すべて相続させる」指定があると、対内関係での債務承継者は一本化されるのが原則です(特段の事情がない限り)。
そのため、遺留分侵害の場面では、債務を遺留分権利者側の「加算項目」にする余地がなくなるのです。
想う相続税理士

