相続税専門税理士の富山です。
今回は、相続税の障害者控除の適用要件と保健福祉手帳の取得(交付申請)時期について争われた裁決事例について、お話します。
相続税の障害者控除は、一定の障害がある相続人について、85歳になるまでの年数に応じて税額を控除できる制度です。
金額も決して小さくないため、該当する方にとっては、とても重要な控除です。
一方で、「いつの時点で」「どのような手帳や書類があるか(手続きをしているか)」という形式的な要件もあり、その点を誤解すると、後から更正の請求をしても認められない場合があります。
出典:TAINS(F0-3-909)(一部抜粋加工)
令04-11-09裁決
障害者控除の仕組みと手帳等の位置付け
まず、相続税の障害者控除の概要を簡単に確認しておきます。
相続税法第19条の4では、相続により財産を取得した方が「障害者」である場合、その方の相続税額から一定額を控除できると定められています。
具体的には、障害者であれば10万円、特別障害者であれば20万円に、その人が85歳に達するまでの年数を乗じた金額を、相続税額から差し引くことができます。
ここでいう「障害者」とは、法律上の定義があり、精神や身体の障害が一定の程度に達している方が対象となります。
その範囲は、相続税法施行令や所得税法施行令で細かく定められており、精神障害者保健福祉手帳や身体障害者手帳、戦傷病者手帳等の交付を受けていることが、一つの判断材料とされています。
もっとも、実務では「相続開始の時点で手帳を持っていなかったが、実際には障害の状態は既にあった」というケースも少なくありません。
そこで、相続税法基本通達19の4-3では、相続開始の時点では手帳を持っていなくても、相続税の期限内申告書を提出する時点で手帳の交付を受けているか、少なくとも交付申請中であれば、障害者控除の対象として取り扱う、という救済的な取扱いが示されています。
更正の請求で障害者控除を主張
今回の裁決事例では、相続人である請求人が、相続税申告後に障害者控除を適用して欲しいとして、更正の請求を行いました。
もともと、請求人は、相続により取得した宅地の一部について評価誤りがあること、加えて自分には障害者控除の適用があることを理由として、更正の請求をしていました。
税務署(原処分庁)は、宅地の評価誤りについては請求人の主張を認め、減額更正を行いました。
しかし、障害者控除の適用については認めず、その結果に不服があるとして、請求人が国税不服審判所に審査請求をした、という流れです。
請求人は、相続税法第19条の4そのものは、保健福祉手帳の交付を障害者控除の要件としていないにもかかわらず、施行令の規定が手帳の交付を要件としているのは、租税法律主義に反し無効であると主張しました。
つまり、「手帳を持っているかどうか」で線を引くのはおかしい、本来は障害の実態で判断すべきだ、という趣旨の主張です。
これに対し審判所は、そもそも自ら(審判所)の権限は、原処分が違法・不当かどうかを判断することであり、法令そのものの妥当性や合理性を判断することまではできないとしています。
そのため、障害者控除に関する法令や通達の有効性自体を争う請求人の主張は、審理の対象外とされました。
審判所は、その上で、現行の法令・通達に基づき、請求人が障害者控除の要件を満たしているかどうかを、具体的な事実に即して検討することになります。
申告期限までの申請がカギ
この裁決で最も重要なポイントは、保健福祉手帳の交付や申請の時期です。
請求人は、相続開始後に保健福祉手帳の交付を受けていますが、その申請日は令和3年1月7日、交付日は同年3月5日でした。
一方、本件相続税の期限内申告書が提出されたのは、令和元年9月12日です。
つまり、相続税の申告書を提出した時点では、請求人はまだ保健福祉手帳の交付を受けておらず、申請もしていなかったことになります。
審判所は、相続税法基本通達19の4-3の趣旨を踏まえ、次のように判断しました。
しかしながら、請求人は、相続税申告書を提出する時(令和元年9月12日)までに保健福祉手帳の交付を申請しておらず、この取扱いの要件の一つである相続税の期限内申告書を提出する時において、保健福祉手帳の交付を受けていること又は保健福祉手帳の交付を申請中であることとの要件を満たしていない。
つまり、「相続開始の時点で実際に障害があったかどうか」という点だけでなく、「申告書提出時に、手帳を取得しているか、少なくとも申請していること」が不可欠な要件であると、明確に位置付けた訳です。
その結果、請求人については、障害者控除の対象となる「障害者」には該当しないと判断され、更正の請求に基づく障害者控除の適用は認められませんでした。
想う相続税理士
