相続税専門税理士の富山です。
今回は、山林・立木の相続税評価が争われた判決事例について、お話します。
出典:TAINS(Z262-11933)(一部抜粋加工)
平成24年4月20日判決
相続税申告における財産評価とは?
本件は、相続財産のうち山林と立木の評価額が「時価」を超えているとして、相続税の更正処分等の取消しが求められた事件です。
具体的には、相続税法がいう「時価」(客観的な交換価値)を、どの方法で、どの証拠で示せるのか、ということがポイントとなる事案でした。
納税者側は、不動産鑑定士による鑑定評価(裁判所が選任した鑑定人の鑑定を含む)を根拠に、通達に基づく評価は高過ぎると主張しました。
一方で課税庁側は、財産評価基本通達等に沿った評価には一般的な合理性があり、原則としてその評価は「時価」を適正に反映していると主張しました。
この手の争いでは、「鑑定書がある=自動的に勝てる」という構図にはなりにくく、鑑定の中身(判断過程・基礎資料・時点の整合性など)が厳しく見られます。
その点を、裁判所がかなり具体的に検討しているのが本判決の特徴です。
財産評価基本通達は税務署内部の通達だから強制力はない?
判決は、相続税法第22条の「時価」について、正常な条件の下で成立する取引価格、つまり客観的な交換価値だと整理しています。
そして、財産評価基本通達等による山林・立木の評価方法は、売買実例や精通者意見等を踏まえた倍率・標準価額等に基づくもので、一般的合理性があると述べています。
その結果、通達等に従って算出された価額は、時価を適正に評価したものと「事実上推認されやすい」という枠組みが示されています。
ここが実務上とても重要で、争う側(納税者側)は、単に「高いと思う」では足りず、推認を妨げるか、推認を覆すだけの主張立証が求められます。
本判決が示す方向性を、原文のまま一部引用します。
相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、同法第3章の特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における「時価」により評価する旨規定しているところ、上記「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の状況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解される。しかし、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者の間で財産の評価が区々となることは、公平の観点からみて許容できるものではない。そこで、課税実務上は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、当該評価に関して、相続財産の評価の一般基準である本件通達及び毎年各国税局長が定める財産評価基準に定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされているところ、この方法は、相続税法22条が規定する財産の時価を評価算定する方法として、一定の合理性を有するというべきである。したがって、相続税に係る課税処分の取消訴訟においては、本件のように課税庁側が、当該課税処分が本件通達等の定めに従って相続財産の価格を評価して行ったものであることを主張、立証した場合には、その課税処分における相続財産の価額は時価すなわち客観的交換価値を適正に評価したものと事実上推認され、納税者は、財産評価の基礎となる事実関係の認定に不合理な点があることを指摘して上記推認を妨げるか、あるいは、不動産鑑定士による不動産鑑定評価等に基づいて、本件通達等の定めに従った評価が、当該事案の具体的な事情の下における当該相続財産の時価を適切に反映したものではなく、客観的交換価値を上回るものであることを主張、立証するなどして、上記推認を覆さない限り、当該課税処分は適法とされる。
また、判決は「課税庁側も、通達評価と異なる評価方法で適正時価を主張立証しうる」という点も整理しています。
つまり、通達評価だけが唯一の正解という意味ではなく、あくまで訴訟の場では「立証の構造」として通達評価が強い出発点になりやすい、という理解が実務的です。
不動産鑑定評価は絶対に正しい?
本件では、裁判所が選任した鑑定人による鑑定(本件鑑定)が提出されていました。
しかし判決は、その鑑定について、取引事例の時間的同一性や、個別的要因に基づく格差修正率など、判断過程に問題があると指摘しています。
たとえば、相続開始時(価格時点)から相当期間が離れた取引事例を基に、遡及的な時点修正を行うことの難しさが述べられています。
また、規模が大きいことによる減価や、売却までの期間を想定した減価(複利現価率を用いた減価)についても、価格時点との整合性や二重減価の懸念などが論じられています。
結論として、本件鑑定は中立的立場の鑑定であっても、判断過程の問題から、その価額をもって本件山林の価額とすることはできず、通達等に基づく評価の適正を覆すものではない、とされました。
一方で課税庁側が提出した鑑定書(被控訴人鑑定書)については、不動産鑑定評価基準に準拠した合理的手法で、取引事例の選択や価格形成要因の分析などが整理されている点が評価されています。
立木については、標準価額比準方式による評価が相続税法に規定する「時価」を算定する方法として合理的であり、特別な事情も認められない、という判断枠組みが示されています。
さらに、相続時の年分の立木標準価額を基準として評価するのが当然であり、その後の年分の通達改正や標準価額の変更によって、改正前の合理性が直ちに失われるわけではない、という整理もされています。
想う相続税理士
