【毎日更新】相続税専門税理士ブログ

夫の口座を経由した亡母口座への入金は贈与?預貯金の帰属が争われた裁決事例

相続税専門税理士の富山です。

今回は、亡母の口座に振り込まれた資金が「父からの贈与なのか、それとも母自身の資産なのか」が争われた裁決事例について、お話します。

出典:TAINS(J93-4-12)(一部抜粋加工)
平25-10-07公表裁決


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お金が動いたら贈与になる?

本件では、父H名義の口座に5,000万円が入金された後に出金され、同月中に母G名義の口座へ同額相当が入金された点が問題になりました。

税務署側(原処分庁)は、「父の口座から出て母の口座に入った以上、母は父から対価なく利益を受けた=贈与(相続税法第9条のみなし贈与)」だと主張しました。

一方で請求人側は、「入金の原資は母Gの定期預金等を解約した資金であり、父の口座は一時的な通過に過ぎない=贈与の事実はない」と主張しました。

このタイプの争いは、相続手続が始まる少し前から亡くなるまでの間に、家族が通帳やキャッシュカードを管理していたケースで起こりやすい印象があります。

特に、介護・医療費の支払い、資金の整理、定期預金の解約などを家族が代行していると、「口座の名義」「実際のお金の出どころ・管理状況」がずれて見えやすくなります。

相続税申告が必要になりそうな方に押さえていただきたいポイントは、「口座間移動が贈与と見られるかどうかは、形式ではなく実質で判断される」という点です。

贈与できるだけの原資はあった?

裁決では、預貯金の帰属は名義だけで決めず、原資の出捐者(お金を出した人)、管理・運用状況などを総合して判断すべきだ、という考え方を明確にしています。

預貯金は、一般的に、その名義人に帰属するのが通常であるが、現金化や別の名義の預貯金への預け替えが容易にでき、また、家族の名前を使用して預金したりすることも世上稀ではないことなどから、その帰属については、単に名義人が誰かという形式的事実のみにより判断するのではなく、その原資となった金員の出捐者、その管理及び運用の状況などを総合的に勘案して判断するのが相当である。

その上で本件では、母Gが昭和63年頃から父Hが経営していた会社の取締役に就任して収入を得ていたと推認されることが認定されています。

また、本件資金の入金前数ヶ月に母G名義の定期預金等が合計約4,000万円解約されていることが認定されています。

そして、当該解約資金が他に移動した事実は確認できず、父H固有の資産のうちに本件資金の原資たり得るものがあった事実も確認できない、とされています。

さらに、母Gは平成16年10月以降の病状等により自己の財産を管理・処分できない状況にあり、後見が開始されていること等から、入金当時に母Gの預金等を父H及び子らが管理していたことが推認されています。

これらを踏まえ、裁決は「父の口座を経由している」ことだけでは贈与とはいえず、実質としては母Gの資産を整理の過程で一時的に父口座へ入れたものだと認定し、母Gが父Hから本件入金額に相当する利益を受けたものとはいえない、と判断しています。

また、税務署側が主張した「父の公共料金引落口座に入金された以上、入金時点で父の固有財産になる」という整理についても、少なくとも本件入金の原資部分には採用できない、としています。

この結論部分は、相続前後の「家族による口座管理」が入っているご家庭ほど、実務上とても重要な内容になるものと思われます。

税務署はちゃんと実態で判断してくれる?

この裁決事例から、相続税申告が必要になりそうな方にお伝えしたいポイントは、次のとおりです。

第一に、「夫の口座から妻の口座へ振り込んだ」「親の口座から子の口座へ移した」といった「見た目」だけで、贈与と判断される可能性があるということです。

税務署は、口座の入出金の形だけでストーリーを作ることもあります。

そのため、こちらが「原資は誰のものか」「なぜその口座を経由したのか」「誰が管理していたのか」を、証拠と整合的な説明で示せるかが勝負になります。

第二に、介護・認知症・入院などで本人が資産管理できない状況になると、通帳管理や解約手続を家族が代行すること自体は珍しくないのですが、その「代行」は、後から見れば「名義と実態がずれた期間」として、税務上の疑いを呼びます。

本件でも、母Gの病状等、後見開始、定期預金解約の時期と金額、といった客観事実の積み重ねが、原資認定の重要な材料になっています。

第三に、口座を一時的に通す必要があるなら、できる限り「なぜ通したか」を説明できる材料を残すことが有効です。

例えば、解約した定期預金の明細、現金で保管していた期間があるなら入出金のメモ、医療費・介護費の支払い予定、家族が管理していた経緯のメモなどです。

「証拠」と言うと大げさに聞こえますが、実際は「後から見た第三者が納得できる説明の裏付け」を用意する、という感覚が近いです。

想う相続税理士

今回の裁決事例は、「口座の名義」「振込の形」だけで贈与と決めつけず、原資と管理実態で判断した点が重要です。

相続が近い時期ほど、家族が資金管理を代行する場面が増え、誤解されやすい入出金も増えます。気になる口座移動がある場合は、原資が説明できる資料と経緯整理を早めに行い、必要に応じて専門家に相談して「争いになりにくい形」へ整えておくのがおすすめです。