相続税専門税理士の富山です。
今回は、親族に対する求償権が相続財産に当たるかどうかが問題となった裁決事例について、お話します。
出典:TAINS(F0-3-311)(一部抜粋加工)
平19-04-06裁決
求償権が問題になる場面とは?
相続税では、不動産や預貯金のように分かりやすい財産だけでなく、目に見えない権利も相続財産に含まれることがあります。
その典型の一つが、誰かにお金を請求できる権利です。
今回問題になったのは、連帯保証人の一人である被相続人(亡くなった方)が、保証債務を履行(借金をした本人(主債務者)が返済できなくなった際に、保証人として代わりに債権者(銀行など)へ返済(弁済))したことにより、他の連帯保証人に対して持つことになった求償権でした。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、被相続人が他人の借入れを肩代わりした結果、本来はその負担分について他の連帯保証人に請求できる立場になった、という話です。
税務上は、このような「請求できる権利」が相続開始日に存在していれば、相続財産として課税対象に含まれる可能性があります。
そのため、税務署側は、この求償権は相続開始日においてなお存在していたのだから、相続財産に算入すべきであると考えました。
しかし、この件では、最終的に、その求償権は相続開始日にはすでに消滅していたと判断されました。
ここで重要なのは、最初から求償権が一切なかったとされたわけではない、という点です。
裁決は、いったん求償権は存在し、その行使も可能であったとみた上で、相続開始日までの間に債務免除により消滅していた、と整理しています。
また、請求人らは、本件求償権の行使が不可能である旨主張するが、■■■■は、不動産や上場株式等の有価証券を保有するとともに、上記1の(4)のへのとおり、役員報酬等の給与収入もあり、被相続人は、本件求償権を行使して■■■■の負担部分を回収することは可能であったと認められる。そうすると、別件裁決における説示どおり、本件保証債務履行日において本件求償権は存在し、かつ、その行使は可能であったと認めるのが相当である。
つまり、この事案の核心は、「請求できたかどうか」よりも、「相続開始日にもなおその権利が残っていたのかどうか」にあります。
なぜ相続財産に当たらないと判断された?
では、なぜこの求償権は相続財産に含まれないとされたのでしょうか?
その理由は、被相続人が生前に、明示または黙示の形で、その求償権に対応する相手方の債務を免除していたと合理的に推認されたからです。
裁決では、いくつかの事情が重視されています。
まず、保証債務を履行してから相続開始までの間、被相続人が相手方に対して求償権を行使した形跡がありませんでした。
また、相手方から実際に弁済がされた事実もありませんでした。
さらに、遺産分割協議書にも、その求償権は相続財産として記載されていませんでした。
加えて、相続人ら自身も、税務調査が行われるまでその求償権の存在を知らなかったとされています。
このような事情が積み重なれば、通常であれば相続人に伝えておくはずの重要な権利について、被相続人が何ら具体的な言動を取っていなかったことになります。
裁決は、こうした事実関係から、被相続人は相続開始日までに相手方の債務を免除していたとみるのが合理的であると判断しました。
しかしながら、本件保証債務履行日から本件相続開始日までの間において、上記イの(ロ)、(ニ)及び(ト)のとおり、①本件保証債務履行日に担保株券が■■■■に返還されていること、②被相続人から■■■■に対して本件求償権の行使に係る申し出はなく、また、当審判所の調査によっても、■■■■は被相続人に対して本件求償権に対応する債務の弁済等をしていないことの各事実が認められることに加え、本件相続開始日後においても、上記のイの(ハ)、(ホ)及び(へ)のとおり、③本件相続に係る遺産分割協議書には、本件求償権が被相続人の相続財産として記載されていないこと、④請求人らは原処分庁が被相続人の相続税の調査を行った平成17年2月ごろまで本件求償権の存在を知らなかったこと及び⑤請求人らと■■■■は、両者の間に本件求償権に係る債権債務が存在しない旨本件追認書により確認していることの各事実が認められる。
ここで実務上とても大切なのは、権利があるように見えるからといって、直ちに相続財産になるとは限らない、ということです。
逆にいえば、権利が消えたと言うためには、単に「家族間のことだから請求しないつもりだった」というだけでは足りず、そのように見るだけの具体的事情が必要になる、ということでもあります。
「本件求償権に係る債権債務が存在しない旨本件追認書により確認している」とは?
この事案で、やや分かりにくいのが、「相続人らと実弟も、後にその債権債務は存在しないことを確認している」という部分です。
これは、相続開始後になって、相続人らと実弟が、「この求償権については、請求する側と支払う側という関係は残っていない」という認識を、書面上はっきりさせた、という意味です。
言い換えると、相続人側は「今後この求償権を相続財産として請求するつもりはない」、実弟側も「そのような支払義務が残っている前提ではない」という整理で一致した、ということです。
ただし、ここも誤解してはいけません。
この確認書面があったから、その時点で初めて権利が消えた、とされたわけではありません。
裁決は、追認書だけを決め手にしたのではなく、それ以前から被相続人が求償権を行使していなかったこと、遺産分割協議書に記載がなかったこと、相続人もその存在を知らなかったことなどを総合し、その確認書面を「もともと権利を残す意思がなかったことを裏付ける事情」の一つとして位置付けています。
そうすると、上記①ないし⑤の事実及びこれらの事実から窺える被相 続人が約1年2ヶ月という長期間、■■■■に対して本件求償権の行使 をすることについて何ら具体的な言動をとっていなかったという事実は 、債務免除が明示・黙示を問わず、債権者の債務者に対する一方的な意 思表示によってなされ、書面等による方式は必要でないと解されている ことと併せ考えると、被相続人が本件求償権に対応する■■■■の債務 を、本件相続開始日までの間に免除していたと合理的に推認させるに十 分であるというべきである。 なお、上記イの(チ)のとおり、■■■■ の、本件保証債務履行日の後、被相続人から、同人自らが履行した保証 債務について■■■■の負担すべき債務がなくなったという趣旨の発言 を聞いている旨の答述も、上記推認を裏付けるものといえる。 したがって、本件保証債務履行日において存在し、かつ、その行使が 可能であった本件求償権は、本件相続開始日においては被相続人による 債務免除により消滅していたと認められることから、原処分庁が本件求 償権相当額を相続税の課税価格に算入したのは相当ではない。
相続税の実務では、財産かどうかの判断は、名目や抽象論だけで決まるものではありません。
実際にその権利がどのように扱われていたのか。
被相続人に請求意思があったのか。
相続人がその権利を認識していたのか。
後日の確認書面は、過去の実態と整合しているのか。
こうした点を丁寧に見ていくことが重要です。
家族間や親族間の金銭関係は、形式よりも実態が前面に出やすい分、相続税でも争点になりやすいところです。
だからこそ、相続開始後に慌てて整理するのではなく、生前から権利関係をどう扱っていたのかを確認できる資料や経緯を意識しておくことが、後々の税務リスクを減らすことにつながります。
想う相続税理士
もっとも、権利が抽象的に存在し得るというだけでは足りず、相続開始日時点でなお財産として残っていたのかを、具体的事実に基づいて見極める必要があります。
親族間のお金の問題は、形式と実態がずれやすい分、後から大きな争点になりやすいところです。
気になる事情がある場合には、早めに整理しておくことが大切です。

