相続税専門税理士の富山です。
今回は、親子間の借用書に基づく2,000万円の債務を相続税の計算上差し引けるのかについて争われた裁決事例について、お話します。
出典:TAINS(F0-3-700)(一部抜粋加工)
令02-04-07裁決
借用書があれば債務控除は可能?
相続税では、亡くなった方に借金などの債務があれば、その分だけ相続財産から差し引けることがあります。
これを「債務控除」といいます。
ただし、何でも差し引けるわけではありません。
税務上は、相続開始の時点で現に存在し、しかも確実と認められる債務であることが必要です。
今回の裁決では、請求人が「亡くなった父は自分に対して2,000万円の債務を負っていた」と主張し、その2,000万円を相続財産から控除して申告していました。
その根拠として出されたのが、父名義で作成された借用書です。
その借用書には、次のような記載がありました。
本件被相続人を作成名義人として平成8年1月23日付で作成された請求人宛の借用書と題する書面(以下「本件借用書」という。)には、「金20,000,000円―上記金額を確かに借用至しました。必ず御返し至します。」と記載されていた(以下、本件借用書に記載された2,000万円に係る債務を「本件債務」という。)。
一見すると、借用書があるのだから債務があるようにも見えます。
しかし、審判所は、書面の存在だけでなく、その裏付けとなる実態をかなり厳しく見ています。
相続税の世界では、特に親子や兄弟など身内間の貸し借りについては、「形式」よりも「本当にそうだったのか(実態)」が重視されやすいからです。
「お金が動いたのか」「返す話があったのか」
この事案で審判所が重視したのは、まず、そもそも2,000万円に相当する金銭が請求人から被相続人(亡くなった方)に渡された事実が確認できなかったことです。
また、借用書には、返済方法や返済期限などの具体的な定めがなく、どのような経緯でこの債務が生じたのかも確認できないとされました。
さらに重かったのが、その後の経過です。
借用書が作成されてから相続開始まで19年余りもの間、一度も返済がなく、返済計画もなく、債務承諾書などの追加書面もなく、裁判上の請求などもされていませんでした。
審判所は、このような事情から、被相続人に本当に返済する意思があり、請求人にも本当に請求する意思があったとは考え難いと判断しました。
本文では、次のように述べられています。
そこで、この点について検討すると、確かに、請求人が提出した本件借用書には、本件被相続人が金銭を借用した旨記載されているが、上記(1)イのとおり、本件借用書の作成の前後を通じて、請求人から本件被相続人に対して本件債務の金額に相当する金銭が渡されたことはなかったことが認められる。
このような事情を考慮すると、本件被相続人が実際に本件債務を返済する意思を有し、請求人もそれを実際に請求する意思を有していたとは考え難いから、債務控除の対象となる債務として本件債務が存在していたとは認められないし、これに反する請求人の主張には理由がない。
つまり、この裁決は、「借用書があるかどうか」だけでなく、
返済のやり取りがあるか
当事者が本気で返済・請求する関係にあったか
を総合的に見ているわけです。
実務上どんな証拠が必要?
この裁決は、相続税の実務上、とても分かりやすいメッセージを出しています。
それは、親族間の債務を債務控除に使いたいなら、借用書だけでは弱いということです。
では、実務上どんな証拠が必要になるのでしょうか。
まず大前提として必要なのは、お金が実際に動いたことを示す証拠です。
例えば、預金通帳、振込記録、出金伝票、入金記録などです。
「いつ、誰から誰へ、いくら渡ったのか」が客観的に分かる資料は非常に重要です。
次に、返済条件が分かる書面です。
借用書に加えて、返済期限、返済方法、利息の有無、分割返済の予定などが整理されていると、実体のある債務として見られやすくなります。
さらに、返済実績も重要です。
当事者が書面だけでなく実際に債権債務として扱っていたことの裏付けになります。
反対に、長年にわたり全く返済がないと、この裁決のように厳しく見られやすくなります。
また、請求した事実の記録も大切です。
督促状、内容証明、メール、メモ、返済相談の記録など、債権者側が本当に回収するつもりだったことを示す資料があると違ってきます。
今回の裁決では、話合いの事情すら確認できないことも不利に働いています。
そして、必要に応じて、「時効」や「債務承認」に関する資料も検討が必要です。
親族間では「口頭で言っていた」という主張が出やすいのですが、税務では後からの口頭説明だけでは弱くなりがちです。
書面や客観資料に落としておくことが大切です。
特に、相続発生後に昔の借用書だけが出てきたようなケースでは、税務署から「実体があったのか」をかなり慎重に見られる可能性があります。
相続税の申告で債務控除を検討する場合には、借用書の有無だけで判断せず、
- 資金移動の証拠があるか
- 返済条件があるか
- 返済実績があるか
- 請求の記録があるか
という順番で、証拠を点検していくことが大切です。
想う相続税理士
借用書が1枚あるだけでは足りず、お金の動き、返済の約束、返済実績、請求の記録までそろって初めて、債務控除の説明がしやすくなります。
相続開始後に慌てて整えるのは難しいため、親族間の金銭関係ほど、早めに資料を残しておくことをお勧めします。
