相続税専門税理士の富山です。
今回は、意思無能力の相続人に代わって家族が相続税を納付した場合に、その立替金の請求が認められるのかという判決事例について、お話します。
出典:TAINS(Z999-5089)(一部抜粋加工)
平成18年7月14日判決
家族が認知症の親の相続税を「代わりに払った」事案の内容とは?
Aさんが亡くなり、配偶者であるBさんと、その子どもたち合計12人が相続人となりました。
ところが、BさんはAさんが亡くなった当時、判断能力を欠く「意思無能力」の状態にありました。
そこで子どものCさんが、自分自身の相続税の申告と一緒に、Bさんの相続税の申告も行いました。
さらにCさんは、銀行からBさん名義でお金を借り、そのお金を使って、Bさんの相続税約6,900万円を税務署に納付しました。
後になって、Bさんも亡くなり、Bさんの相続人である子どもたちと、Cさん(の地位を引き継いだ人)との間で、「CさんがBさんの相続税を立て替えて払った分を、後から他の相続人に請求できるのか」が争いになりました。
Cさん側は、「委任」または「事務管理」に基づき、立替えた相続税相当額の一部を他の相続人に請求できる、と主張しました。
しかし原審(高裁)は、Bさんには申告義務がそもそも発生しておらず、相続税法35条2項1号の規定も意思無能力者には適用されないとして、Cさんの「事務管理」による請求を認めませんでした。
相続税法(一部抜粋加工)
第35条 更正及び決定の特則
2 税務署長は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、申告書の提出期限前においても、その課税価格又は相続税額若しくは贈与税額の更正又は決定をすることができる。
一 第27条第1項又は第2項に規定する事由に該当する場合において、同条第1項に規定する者の被相続人が死亡した日の翌日から10月を経過したとき。
つまり、「Bさんには相続税申告書の提出義務がない以上、税金を払ってあげてもBさんの利益にはならず、むしろ新たに納税義務を負わせる不利益な行為だ」という考え方だったわけです。
最高裁が示した「意思無能力者の相続税申告義務」の考え方
これに対して最高裁判所は、原審の考え方を明確に否定しました。
最高裁は、相続税法27条1項の解釈から出発しています。
判決文では次のように述べられています。
相続税法27条1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者について、納付すべき相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提として、その申告書の提出期限を「その相続の開始があったことを知った日の翌日から6月以内(注:現在は10月以内)」と定めているものと解するのが相当である。
ここから最高裁は、意思無能力者について、次のように整理しています。
まず、相続や遺贈で財産を取得し、納めるべき相続税額があるならば、「意思無能力者であっても」申告義務そのものは発生していると考えるべきだとしました。
そのうえで、申告期限(6ヶ月・現在は10ヶ月)の起算点については、意思無能力者の場合、法定代理人(後見人など)が相続の開始を知った日からカウントする、としました。
ただし、もし法定代理人や後見人がいないのであれば、「期限が到来しないだけ」であって、「申告義務自体が無いわけではない」という整理です。
さらに、相続税法35条2項1号の「税務署長は死亡した日の翌日から6か月を経過すれば、申告期限前でも税額の決定ができる」という規定も、意思無能力者に対しても適用されると判断しました。
つまり、
「本人が意思無能力だからといって、税務署長が税額を決定できないわけではない」
ということを、最高裁は明言したわけです。
この流れから最高裁は、Bさんにも相続税の申告書の提出義務は発生していたとし、Cさんが代わりに申告・納付をしたことは、Bさんにとって一定の利益がある行為だと評価しました。
そのため、「本件納付がBの利益にかなうものではなかったということはできず、上告人の事務管理に基づく費用償還請求を直ちに否定することはできない」として、高裁判決を一部破棄し、差し戻しています。
家族が相続税を立て替えるときの実務上の注意点
この判決は、認知症などで判断能力がない親の相続税を、子どもが代わりに支払うような場面に、実務的な示唆を与えています。
まず、意思無能力であっても、相続財産を取得し相続税が発生する以上、相続税の申告義務そのものはなくならない、という点が重要です。
後見人等が選任されていないと、申告期限のカウントはスタートしないものの、税務署側は、一定の要件のもとで税額を決定することができます。
したがって、「認知症だから申告や納税をしなくてよい」ということには決してなりません。
次に、家族が本人に代わって相続税を納める場合、その支出が「事務管理」として、後から他の相続人等に費用償還請求できるかどうかは、個別事情の検討が必要になります。
この判決は、「税金を払った行為が本人の利益にかなうものかどうか」という観点から、事務管理の成否を判断すべきだと示したものといえます。
一方で、実際に立替金の返還を請求するには、誰が、どの名義でお金を借りたのか、誰のために支払ったのか、といった点を丁寧に整理しておくことが不可欠です。
相続人間で合意をきちんと文書にしておくかどうかも、その後の紛争の有無を大きく左右します。
また、認知症などで判断能力が低下している方がいる場合には、早めに成年後見制度の利用も含めて検討し、誰がどのような権限で手続きを進めるのかを明確にしておくことが大切です。
相続税の申告や納税、立替えた費用の扱いは、法律と税金の両方の知識が必要になる分野ですので、専門家に相談しながら、トラブルになりにくい形で進めていくことをおすすめします。
想う相続税理士
しかし、そのお金を誰が負担したのか、後からどう精算するのかを決めないまま進めると、時間がたってから相続人同士の思わぬ争いにつながることがあります。
今回ご紹介した最高裁判決は、意思無能力者にも相続税の申告義務があることを前提としつつ、代わりに納税した家族の立場をどう評価するかを示したものです。
