相続税専門税理士の富山です。
今回は、代償分割があった場合における「遺産分割で合意した割合」と「相続税の負担割合」を同じにすべきだ、と主張して争われた判決事例について、お話します。
出典:TAINS(Z888-2831)(一部抜粋加工)
令和6年5月23日判決
「代償分割」と「相続税」の危うい関係
相続財産を分ける場合、土地や建物などを「きれいに現物で分けられない」場面があります。
そのときに使われる代表的な方法が「代償分割」です。
代償分割は、ある相続人が現物(不動産など)を多めに取得する代わりに、他の相続人へお金など(代償金)を支払ってバランスを取る分け方です。
このとき重要なのが、相続税は「相続開始時点の時価」を基準に計算する、という大原則です。
遺産分割の調停や協議がまとまるまでに時間がかかると、相続開始時と分割時で、財産の価額や前提がずれていくことがあります。
その結果、「『分割時の』分割で合意した取り分の割合」と「『相続開始時の』相続税計算上の負担割合」が一致しないことが起こり得ます。
本件でも、遺産分割(調停)での取得割合が25%の前提である一方、相続税の課税価格ベースの割合が約30%に見える、という点が争点の中心になりました。
なお、代償分割の基本的な位置づけについて、本文では次のように述べられています。
代償分割は、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対して代償財産を交付する債務を負担させて、現物の分割に代える旨の遺産の分割の方法である(家事事件手続法195条参照)。
財産の取得割合と相続税の負担割合が一致しないのは違法?
本件は、遺産分割調停が成立し、代償金(代償財産)の支払いが定められた事案です。
原告側は、概ね次の趣旨を主張して、更正処分の取消しを求めました。
「相続人間で合意した遺産分割の割合(25%)があるなら、その割合を相続税の負担割合として扱うべきだ。だから、代償財産の価額を調整計算する相続税法基本通達11の2-10(2)を適用するのは相当ではない。」
太字部分が上記の「11の2-10(2)」です。
想う相続税理士秘書
相続税法基本通達(一部抜粋)
11の2-9 代償分割が行われた場合の課税価格の計算
代償分割の方法により相続財産の全部又は一部の分割が行われた場合における法第11条の2第1項又は第2項の規定による相続税の課税価格の計算は、次に掲げる者の区分に応じ、それぞれ次に掲げるところによるものとする。
(1) 代償財産の交付を受けた者 相続又は遺贈により取得した現物の財産の価額と交付を受けた代償財産の価額との合計額
(2) 代償財産の交付をした者 相続又は遺贈により取得した現物の財産の価額から交付をした代償財産の価額を控除した金額
(注) 「代償分割」とは、共同相続人又は包括受遺者のうち1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法をいうのであるから留意する。11の2-10 代償財産の価額
11の2-9の(1)及び(2)の代償財産の価額は、代償分割の対象となった財産を現物で取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して負担した債務(以下「代償債務」という。)の額の相続開始の時における金額によるものとする。
ただし、次に掲げる場合に該当するときは、当該代償財産の価額はそれぞれ次に掲げるところによるものとする。
(1) 共同相続人及び包括受遺者の全員の協議に基づいて代償財産の額を次の(2)に掲げる算式に準じて又は合理的と認められる方法によって計算して申告があった場合 当該申告があった金額
(2) (1)以外の場合で、代償債務の額が、代償分割の対象となった財産が特定され、かつ、当該財産の代償分割の時における通常の取引価額を基として決定されているとき
次の算式により計算した金額
A×C/B
(注) 算式中の符号は、次のとおりである。
Aは、代償債務の額
Bは、代償債務の額の決定の基となった代償分割の対象となった財産の代償分割の時における価額
Cは、代償分割の対象となった財産の相続開始の時における価額(評価基本通達の定めにより評価した価額をいう。)
これに対して裁判所は、相続税の計算構造(各人の課税価格の割合で按分されること)を前提に、遺産分割制度と相続税制の規律が違う以上、両者の割合がずれるのは「当然に予定された帰結」であり、そのズレ自体は処分の違法性を基礎づけない、と判断しました。
そして、代償財産の価額を相続開始時点へ引き直すための通達(11の2-9、11の2-10)の計算方法にも「相応の合理性がある」としました。
結果として、東京地裁は請求を棄却し、その判断は東京高裁でも維持された、という整理です。
後の申告のことも考える(確認する)
この判決事例が示唆する実務上のポイントは、「遺産分割での合意」と「相続税計算」が、別レイヤーで動くことがある、という点です。
遺産分割(協議・調停)は、相続人間の紛争解決として非常に重要です。
ただ、相続税は、相続税法の計算構造に従って、相続開始時の時価をベースに課税価格を積み上げ、最終的に各人の課税価格割合で税額を按分します。
そのため、分割の条項を「割合が変わらないように代償金を設定したつもり」でも、相続税の世界では、評価時点や評価方法、債務控除、生前贈与加算などの要素が組み合わさり、税負担の見え方が変わることがあります。
特に、分割成立まで長期化したケースでは、「分割時点での合意金額(売買額・鑑定額など)」と「相続開始時点の評価額」との間でギャップが出やすく、代償金を相続開始時点に修正する計算が問題になりやすいのです。
実際に本件でも、代償債務の額が「代償分割時の通常の取引価額を基として決定されている」場面として、11の2-10(2)の適用が正面から論じられています。
したがって、相続の現場では、次のような段取りが重要になります。
代償分割を検討する段階で、「合意の取り分(分割割合)」だけでなく、「相続税の課税価格の見え方」も並行して確認することです。
また、分割が長引きそうな場合には、相続開始時点と分割時点の評価差が争点化し得ることを、早めに織り込んでおくことです。
調停条項や合意書の金額設定の背景(売買額・鑑定額・債務控除の調整など)も、後の税務判断に影響し得るため、説明可能性を確保しておくことが安全です。
想う相続税理士
そのため、分割の合意内容だけを見て判断せず、税務上どう見えるかも同時に設計しておくことが、後の不意打ちを減らす近道になります。
