相続税専門税理士の富山です。
今回は、退職慰労金の未払分を合意で解除した場合に、更正の請求が認められるかどうかについて争われた裁決事例について、お話します。
出典:TAINS(F0-3-677)(一部抜粋加工)
平31-01-24裁決
この裁決事例では、会社の取締役会長として長年働いてこられた被相続人(「被相続人=亡くなった方」)に対する多額の役員退職慰労金の支給が決議されていました。
一部は相続開始後、相続人に実際に支払われましたが、会社の業績悪化により、残りの「未払退職慰労金」については、後日、会社と相続人との合意で支払わないことにした、という経緯があります。
相続人側は、「払われなかった部分はさかのぼって消滅したのだから、消滅した分が含まれている最初の相続税申告は納め過ぎだ」と考え、更正の請求を行いました。
しかし、税務署(原処分庁)はこれを認めず、不服申立ての結果としても棄却されました。
更正の請求における「やむを得ない理由」とは?
まず押さえておきたいのが、「更正の請求」という手続きです。
相続税の申告をした後で、「本当はこんなに税金を払う必要はなかった」という事情が分かった場合、一定の期間内であれば、納め過ぎた税金を返してもらうよう税務署に求めることができます。
国税通則法では、原則として「法定申告期限から5年以内」であれば、更正の請求ができると定められています。
さらに例外として、申告後に「やむを得ない理由」によって、課税の前提となっていた契約が解除・取消しになったような場合には、その事情が生じた日から2ヶ月以内であれば、特別に更正の請求が認められる仕組みがあります。
この「やむを得ない理由」について、国税通則法施行令は、
契約成立後に生じたやむを得ない事情による解除
今回の裁決では、相続人側が、「会社の経営が悪化し、事業継続も危うい状況だったので、未払退職慰労金の支払いをあきらめざるを得なかった。だから『やむを得ない事情』に当たるはずだ」と主張しました。
未払退職慰労金の合意解除は「やむを得ない事情」か?
この裁決で、国税不服審判所がポイントにしたのは、未払退職慰労金の支払いをやめる合意が、本当に「客観的に見てやむを得ないもの」と言えるのかどうか、という点でした。
裁決書では、次のように述べられています。
そうすると、本件合意解除は、国税通則法施行令第6条第1項第2号に規定する解除と いうことはできない。したがって、本件各更正の請求は認められない。
会社は確かに連続して経常損失を計上しており、金融機関との間で借入金返済の猶予を受けるなど、厳しい経営状態にありました。
しかし、会社の債務を減らすための取引の中で、実際に「債務の切り捨て」が行われたのは、この未払退職慰労金だけでした。
他の借入金などについて、債権者集会で一斉に債権放棄が行われた、というような状況ではなく、「全体の再建スキームの中で、やむを得ず一律に削ったという形ではなかった」のです。
そのため審判所は、
「未払退職慰労金の合意解除は、あくまで会社と相続人側が『任意に行ったもの』であり、『やむを得ない事情』によるものとは言えない」
と判断しました。
結果として、この合意解除を理由とした更正の請求は、認められないと結論づけられています。
退職金の「権利が確定した時点」で相続財産になる
この裁決では、退職慰労金が「みなし相続財産」に当たるかどうかも争点になりました。
相続税法第3条第1項第2号では、「被相続人に支給されるべき退職手当金等で、死亡後3年以内に支給が確定したもの」は、相続や遺贈により取得したものとみなして、相続税の対象に含める、と定められています。
ここで重要なのは、「いつお金が支払われたか」ではなく、「いくら支給するかがいつ確定したか」です。
裁決書は、次のように述べています。
本件退職慰労金の支給の確定があれば、本件退職慰労金の支払請求権(債権)という財産を取得したことになり、本件相続人らは、本件退職慰労金を被相続人から相続により取得したものとみなされるのであるから、請求人らの上記主張は採用することができない。
つまり、
その後、実際に支払われたかどうか、全部支払われたか一部だけなのか、という点は、「みなし相続財産」に該当するかどうかの判断には影響しない
この考え方に立つと、「後で合意解除したから未払分は消えたので、最初の申告は税額が過大だった」という相続人側の主張は通らず、結果的に、退職慰労金の全額が相続税の計算上、みなし相続財産として扱われることになります。
想う相続税理士
