相続税専門税理士の富山です。
今回は、遺産分割協議書に記載されていた「現金」は相続財産ではない、として争われた裁決事例について、お話します。
出典:TAINS(J139-4-08)(一部抜粋加工)
令07-06-17公表裁決
遺産分割協議書に記載したら相続税が課税される?
この裁決の争点はとてもシンプルです。
「遺産分割協議書に書かれていた現金は、本当に『亡くなった時点で存在し、相続で取得した財産』なのか」という点です。
本件では、母の相続(令和3年6月)に関して、共同相続人が令和3年11月2日に遺産分割協議を行い、税理士同席の場で協議書に署名押印しています。
その協議書に、請求人が取得する財産として「現金」が記載されていました。
その後、税務署側は「その現金が申告されていない」として更正処分等を行い、加算税の賦課決定もしています。
これに対して請求人は、「その現金は相続財産に当たらない」として、処分の全部取消しを求めました。
相続人全員の署名押印があっても相続財産に該当しない?
税務署側の発想は、一般の方がイメージしやすいものです。
「遺産分割協議書に現金が書いてあって、相続人全員が署名押印しているなら、その現金は存在していて、その人が取得したのでは?」というロジックです。
さらに本件では、金融機関担当者の申述等から「請求人が窓口になって出金依頼をしていた」「現金を届けた場所に請求人が同席していた」といった事情が挙げられていました。
一方で、請求人側は別の筋道を立てます。
現金の「原資」は、以前の父の相続に関して相続税の税務調査で把握された貯金等であり、父の相続に追加して整理され、修正申告も行われている。
そして、その修正申告に伴う納税や、残余財産の清算まで行われたという「客観的状況」がある。
裁決は、この「客観的状況」を重く見ています。
以上によれば、本件出金額は、本件相続開始日より前の令和元年5月時点で本件被相続人及び本件共同相続人の下で、亡L相続に係る追加分の相続財産として整理され、納税や残余財産の清算が行われたと認められ、このような客観的状況を踏まえると、請求人が、本件相続開始日である令和3年6月○日時点において、本件現金ないしこれを原資とする本件金員を管理・所有していたと認めることはできない。
さらに、「署名押印がある=相続開始日に現金が存在し、取得した」とまでは推認できない、と踏み込んでいます。
したがって、本件遺産分割協議書に本件共同相続人3名の署名押印があることをもって、本件相続開始日に本件金員が存在し、請求人が本件相続に係る相続財産として取得したことを推認することはできないというべきである。
つまり本件のポイントは、「協議書の記載」よりも、「その現金が相続開始日時点で誰のものとして、どんな形で存在していたのか」を裏付ける事情の整理です。
現金の動きをきちんと精査しておく
相続の現場においては、「現金がいくらあったか」が最後まで曖昧なまま、協議書にとりあえず書いてしまうことがあるかもしれません。
ですが、協議書に書いた瞬間に、その記載が「調査の入口」になることがあります。
では、実務では何に気を付けるべきでしょうか?
現金として記載するなら、相続開始日現在での存在と金額が説明できる資料(入出金の流れ、保管状況、残高が分かるメモ等)をセットで用意します。
過去相続の調査・修正申告がある場合は、そこで「追加財産として整理された範囲」と「納税・清算の実行」が、後の相続にも直結します。
本件では、追加分の相続財産を整理し、納税や残余財産の清算が行われたことが、結論を左右しました。
また、同席・受領・窓口対応といった事情があった場合、税務署側は「口座を管理していたはずだ」「現金を所有していたことになる」と「口座の管理者」「現金の所有者」と認定するためのストーリーを作ってきます。
それが事実と反するのであれば、それを否定するための資料を準備しておきましょう。
想う相続税理士

