【毎日更新】相続税専門税理士ブログ

相続人名義の財産の原資が亡くなった方から出ていると「預け金返還請求権」が発生する?

相続税専門税理士の富山です。

今回は、相続人名義の預金と上場株式の評価が問題となった裁決事例について、お話します。

出典:TAINS(J112-4-06)(一部抜粋加工)
平30-08-22公表裁決


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どんな相続で、どこが争点になったのか

この裁決事例は、亡くなったお父様(被相続人)の相続において、長男名義の預金口座に入金されていた資金と、長男名義の上場株式に関する問題が争われたものです。

お父様には、配偶者と長女、長男の3人の相続人がいました。

長男名義の預金口座には、証券会社からの入金や貯金の解約金など、合計で約5,000万円超の資金が入金されていました。

さらに、その資金の一部は上場株式の購入に使われ、その株式が長男名義で設立された会社へ現物出資されていました。

税務署は、これらの資金や株式の元手は、実質的にはお父様の財産だと考えました。

そして、形式上は長男名義になっていても、長男はその資金を受け取っていないとして、「お父様が長男に預けていたお金」と評価しました。

その結果、「長男に対する預け金返還請求権」という形で、お父様の相続財産に含めて相続税の更正処分を行ったのです。

これに対して相続人側は、「その資金や株式の元手は、長男が幼い頃から贈与を受けてきたものであり、相続開始時点ではお父様の財産ではない」と主張し、処分の取消しを求めました。

裁決が重視した「誰が管理し、いつ贈与されたか」という視点

この裁決では、まず「その資産が誰に帰属していたのか」を判断するために、名義だけでなく、次のような点が総合的に検討されています。

誰が元手となる資金を用意したのか
誰が預金口座や株式の取得・売買の手続きを行っていたのか
誰がその資産を管理・運用していたのか

裁決書の中でも、資産の帰属の考え方について、次のように述べられています。

資産の帰属を認定するに当たっては、その名義が重要となることはもちろんであるが、他人名義で資産の取得をすることも特に親族間においてはみられることからすれば、その取得の原資を出捐したのは誰か、その資産の取得を意思決定し、実際に手続を行ったのは誰であるか、その管理運用を行っていたのは誰であるか等や、その名義と実際に管理運用している者との関係を総合考慮して判断するのが相当である。

この事案では、

預金通帳や届出印は長期間、お父様の自宅の金庫で管理されていたこと
通帳には、お父様自らが入出金の内容や株式購入・貯金の状況を細かくメモしていたこと
長男が遠方勤務で生活していた間も、生活費は会社の制度などで賄われ、この預金口座を生活費に使っていなかったこと
などから、資金の具体的な管理運用はお父様が行っていたと認定されています。

一方で、その資金を元手として取得した会社の株式や貯金(化体財産)については、相続開始時点では長男の財産になっていること自体は、相続人側・税務署側ともに争っていませんでした。

裁決は、これらの事情を踏まえ、「本件化体財産の帰属は、平成18年頃に、贈与により長男へ移転したもの」と整理しています。

そして、その贈与の時期は相続開始日のかなり前であり、相続開始前3年以内の贈与加算(相続税法第19条)の対象にもならないと判断しました。

預け金返還請求権は本当に存在するのか?という結論

税務署は、「元手はお父様の財産だったのだから、長男に預けていたお金を返してもらう権利(預け金返還請求権)が相続財産として存在する」と主張していました。

しかし、裁決は、資金の運用状況と贈与の時期を踏まえ、次のように結論付けています。

資金自体の管理運用はお父様が行っていたが、その運用から生じた化体財産(会社株式や貯金)は、平成18年頃には長男に贈与されていたとみるのが相当である
そうであれば、「長男に対して返してもらうべきお金」がそもそも存在していたとはいえない
したがって、相続開始日において、お父様に長男への預け金返還請求権があるとは認められない

その結果、この裁決では、預け金返還請求権を相続財産に含めた更正処分は取り消されました。

この裁決事例から分かるのは、

名義だけで「誰の財産か」を決めつけるのは危険である
過去の贈与や資産の運用状況、通帳やメモ、贈与税申告書などの記録が、相続税実務で非常に重要な意味を持つ
「預け金返還請求権」という形で相続財産とされそうなケースでも、贈与の実態や時期を丁寧に追うことで、課税関係が大きく変わり得る
といった点です。

想う相続税理士

実務上(経験上)は、

「H贈与(~2014)」という贈与一覧がある
会社株式からの配当金を長男が自分の所得として申告している
貯金が長男自宅の建築資金に使われている
被相続人が長男に返済を求めた形跡がない

といった点が、贈与が成立した(預け金返還請求権は発生していない)と主張できるポイントになっているものと思われます。